ある会社の女性秘書と、私の事務所の女子社員は同級生で折りにふれて交流があるらしい。
その女性秘書君が入社して一年ぐらいのときだったでしょうか。
私のところの女子社員が、彼女が昨夜こぼしていましたよ、と次のようなことを語ってくれたことがあります。
「うちの社長の出すサインがわからなくて困っちゃう。
この間もそうよ。
社長が、首を右にちょっと動かして、何か合図していらっしゃることはわかるのよ。
だけど、それが何の合図かわからないの。
お客様が帰られてから、君は、僕が車を呼べと合図しているのがわからないのかと叱られちゃった。
だけど、それだけならまだいいのよ、何日かたって、社長が同じように首を右にちょっと動かされるのでお車だと思ったの。
さっそく別室から気をきかせて車を呼んで、お車が参りましたといったら、また大目玉、誰が車を呼べといったとお叱りを受けるわけ。
お茶がほしいということも、車を呼べという意味も、少し席をはずせという場合も、その他みな同じサインなのね。
いったい、どうして見分けたらいいっていうのよね。
そうそう、あなたのところの蒲田先生が見える場合も同じよ。
社長が私を呼んで、あの書類を出してくれとおっしゃるのね。
あなた、あの書類ってわかる?それでも、この前の打ち合わせの次のことだから、あれかなと思って書類を持ってゆくわけ。
そうすると、それでよい場合は何にもおっしゃらないのよ。
うん、それだよ、よくわかったねなどといわれることはまずないわね。
逆に違っていたら大変よ。
なんだこれは、誰がこんな書類を持ってこいといった。
あの書類じゃないかというわけよ。
野球でもストライクとかボールとかサインの仕方ちがうでしょ、何もかも同じサインですませるなんて聞いたことないわよね。
まあ、私の社長はこんな調子だけど、あなたのところは楽でしょうね。
経営コンサルタントですものね。
5WlH、新入社員教育で習ったわよ。
いつまでに、どうして、なぜ、誰々と、どうやってなどというように、丁寧におっしゃって下さるんでしょ」
私は、その話を吹き出しながら聞いていて、私の会社の女子社員に、それで君は何と返事したんだい、と尋ねてみた。
「何いってんのよ。
私のところもまったく同じことよ。
紺屋の白袴というのかしら、もっとひどいわよ。
あなたの会社の社長は、首でも振って合図してくれるからよい方よ」
「おいおい、それはちょっといいすぎじゃないかい。僕はもう少しやさしいだろう」
それから四年経過した。
その社員は結婚して退社したが、女性秘書をしている彼女はまだ健在で活躍中だ。
もちろん、前述のような弱音はさらさらになく、社長のサインなきサインに答えて有能なる秘書とのほまれが高い。
短大卒で入社しているから二十六歳にさしかかっていているところだ。